車を駐車場に停め、下の道路へ回ってみる。
すると、ほぼ当時のままの建物が迎えてくれた。
記憶の中の様子のままで・・・。
正面玄関へと続くアプローチもそのまま。門柱も。
アプローチを囲む植栽は当時はもっと木が茂っていたが、
違いと言えばそれくらいだった。
感激しながら建物の右手へと回る。
官舎があった場所だ。
うわー!!
石垣も当時のままだ!板塀も!
脇の石段さえも記憶のまま。
いや、もっと幅があったと思っていたが、
子供の頃の感覚だったからだろう。
だが、見事にそのまんまだ。
そして、この石段を上がった一番奥に、住んでいた官舎があったのだ。
行ってみよう。
ドキドキ・・・。
あー、でもこの石段は後から整備されたかもしれない。
記憶ではもっと不安定な石段だったように記憶している。
でも雰囲気は変わってないなぁ・・・。
うわぁ・・・!
自分の家の前にあった官舎が・・・
まだ残ってる・・・!
そうだ・・・こういう板塀に囲まれた、板壁の木造官舎だったよ・・・。
今は誰も住んでないのかな・・・。
昔は、確か署長さんが住む官舎だったはず。
・・・この左手に自分が住んでいた官舎があったのだ。
そして家の裏手の墓地には大きなイチョウの木があった。
この季節、ギンナンがぼとぼと落ちてきて、
よく屋根を叩いたものだった・・・。
ああ・・・
無い・・・。
こちら側に自分達家族が、
真ん中で塀に仕切られた向こう側には、当時、藤原さん一家が住んでいた。
無い・・・。
取り壊されたんだ・・・。
そして・・・
イチョウの木も無かった。
墓地に入ってみると、あった場所には切り株が残っていた。
大きなイチョウの木だったはずなのに、
何故かそれは思ったより小さかった・・・。
墓地から、来た方を臨む。
・・・目の前に写る景色は当時とほとんど変わらないのに、
住んでいた場所だけが無い・・・。
何て言うのだろう、寂寥感とも違う、
何とも言えない気持ちが自分の心を覆った。
そう、例えるなら、国語の教科書に載っていた
安房直子の『きつねの窓』の読後感にとても良く似ている・・・。
懐かしい風景に出会ったのに、
自分だけが取り残されてしまったような・・・
しばらくそこにぼうっとたたずみ、
秋の日差しが降り注ぐ、懐かしくも切ない景色を眺め続けた・・・。