遊牧写民

心に残った日常を一枚の写真に

ルーツを辿る旅 ~晩秋の信濃路 その3~

気持ちを切り替え、御料館へ向かった。

 

受付を覗いてみたら、

ここを管理されているらしい年配の方がいらしたので声をかけてみた。

そして、

静岡から来たこと、

43年前にここで父親が勤めていたこと等々を伝えてみた。

すると、「それでは中を御案内しますよ。」とにこやかに答えてくださった。

 


案内してくださったHさんから色々な話を伺うことができた。

 

明治36年に建てられたものが、昭和2年の大火で焼失してしまったこと。

だが半年ですぐに再建されたこと。

それから長きにわたり使用されてきたが、

一度は取り壊しの声も挙がったこと。

町が買い取り、平成22年に復元改修を行ったことなどを

話してくれた。

 

他にも、

建てられた当時は屋根材に銅板を当てていたが、

戦時中の物資不足で屋根材を持っていかれてしまった。

そこで、鉄板を当てたそうだが、

銅板の時は緑青の錆で緑色だったので、

元の色と同じ緑に塗ってあることや・・・

 

改修の際、室内扉をサンドペーパーで削ると、

何層も色が塗られていることが分かり、

一番下に塗ってあったのがグレーだったそうで、

要は、オリジナルの色がその色だということから

グレーに塗り直されたなど、

パンフレットを見ただけでは分からない話を聞くことができた。

 

↑ 支局長室。

なかなか雰囲気のある部屋だった。

意外と昔はお金があったのだなあと思う。

階段の手すりの造りなども非常に凝っていた。↓

今ではこういった建物を建てる技術が絶えてしまい、

造ろうと思っても造れないと聞いたことがある。

そういう意味でも、とても貴重なものであるということだ。

 

 

この元庁舎、現在は多目的な用途に使われていて、

1階部分には会議室の他に木育ルームという

木曽ヒノキを使用したおもちゃや、積み木等が置かれた部屋もあり、

若いお母さん達が小さい子を連れてよく来るのだという。

「お子さん達が来ると、木の楽器なども叩くので、

 そりゃあ、にぎやかくなりますよ。」

Hさんは嬉しそうに話してくれた。

 

長い年月が過ぎて

その役割が変わっても、

ここは町の人たちに愛されているのだなあ・・・と

何だか自分も嬉しくなった。

 

FUJI XF10

お礼を言って去ろうとした際、

Hさんから

「静岡のどちらから?」

と聞かれた。

話しても御存じないだろうなあ・・・と思いながら、

「○○市という街なんですが・・・。」

と言うと、なんと、

「私の妹が嫁いでそちらにいますよ。」

とおっしゃるではないか。

えーーーー!

最後に何とも驚きな内容が飛び出した(笑)。

世間は狭いですね!と笑い合ったのだった。